20/12/16 神社のこと

先日、所用で行った先に大きめの神社があって、
わりと名が知れた場所なのに、そういえばお参りしたことがないなと思い立ち、
お参りをしてきました。




境内。
行ったことのない神社、いや神社そのものへお参りするのがすごく久しぶりで、
鳥居をくぐったり、燈籠のならんだ参道を歩いたり、門や建物のたたずまいや、装飾や、ぺたぺた貼られた千社札をながめたり、建物の裏にまわりこんだりするたびに、
あ、そういえばこういうの好きだったな、と思い出しました。


なにしろ今年はこんな世の中ですので、観光をすることもなければ、知らない場所をうろうろするということもろくになく、
神社に向かって歩いている間でさえ、あ、こんなふうに知らない場所の知らない生活の道に入り込むのも、久しぶりだな、としずかにテンションがあがるなど。
まめに手を消毒したり、感染対策はしっかりしています。念のため。


この神社は、やはりとてもいい場所で、
仕事や制作で焦ったりするような、俗っぽい気持ちから少し離れて、さっぱりできたのがよかったです。
何より、こういう感じ好きだったな、の「こういう感じ」を思い出せたのがよかった。
実物を前にしたり、その場に立ったときの感覚を、もっと覚えていられればいいのだけど、
修行が足りないので感覚的な記憶が長くは続かず、写真で撮ったものをあとから眺めてもなんだか違って、ふれていないうちに忘れてしまう。
でも、久しぶりに出くわすと、ああやっぱりこういうの好きだったな、としみじみ思う。


子どもの頃、外遊びの場所のひとつに近所の神社があり、
わたしはおそらく外遊びがぜんぜん得意じゃなかったのだけど、よく行っていて、
神社兼公園のような立ち位置のその場所には、遊具があったりして、近所の子がけっこう集まっていて、
子どもらは拝殿にあがったり、まわりをうろついたり、時には床下や、あろうことかうしろの柵に囲われた中(本殿)までもぐりこんだりして遊んでいた。
(当時は神社がどういうものかもよく知らず、子どもだったしああいう場所だったから神さまも大目にみてくれていたんだろう)
(この話ときどきしているので、もう聞いたよ、という方はすみません)


その頃、こういう感じが好きだとか好きじゃないとか、別にぜんぜん思っていなかったけど、
歳を重ねてから、神社の建物の木鼻(っていうんですね。書くために調べて今知りました)にいる龍や獅子や象や獏が、好きだなあと思って、
ふと、かつて久しぶりに昔の神社へ行ったときに、建物に、同じように龍や獅子や象や獏がいたことに気づいた、そんなことを思い出したりすると、
あ、こういうところ見てたのかな、と思ったりする。


この日のように、時々さっぱりしたり、こういう感じを思い出したりしたいものだけど、
なにしろこのご時世だと、こんな風にさっぱりできることや、こういう感じが好きだったこと自体を忘れてしまいそうだな。
感覚をおぼえておくことを、今まで以上に大事にしないといけないかもしれません。


さっぱりしたのだから仕事と制作がんばりましょうね。はい。

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